珍味昔話|第五章
5-4|「お値打ちだナモ」
以上、ごく大ざっぱに名古屋を中心とした愛知県の味覚をみてきたが、愛知県以外のいわゆる中部地区にも、特徴のある名産や名物が多い。
三重県と岐阜県の味をあげて、「珍味」を中心とした中部地方の味覚の個性をとらえてみたい。
名古屋では、よく「お値打ちだナモ・・・」ということばがよく使われる。食べものについていえば、安くて、うまくて、量が多いという意味だろう。
つまり、安価で、新鮮で、味がよい材料が海や山ばかりでなく、野にも満ちあふれているという意味で、豊穣だからこそ生れた名古屋独特の “あいさつ” なのである。
「コノワタ」のような、超高級の将軍珍味から、ごく大衆的な味まで、全部そろっているのが「東海珍味」の特徴。中部地区の中心的な消費都市にいれば、愛知、三重、岐阜三県の “うまいもの” は全部そろう。この傾向は、尾張藩以来の伝統である。
古い歴史を背景に川魚の加工技術には定評があり、なかでも「アユ」は平安時代の『延喜式』にも記載されているほどさまざまに加工されてきた。アユのつくだ煮や鮨などであるが、なかでも傑作なのは「アユのウルカ」。
長良川の「ウルカ」は、江戸時代、毎年幕府へ献上されたほどの逸品である。御用ウルカは、「暁川」と呼ばれる秘法で、精製された。アユは、昼のうちに食った砂を夜になってから吐き出す。明け方の腹の中がきれいになったときにとったアユだけ作ったウルカが「暁川」。
“早朝の川” という意味である。
「ウルカ」には、つぎの四種ある。
いってみれば、「ウルカ」は山の「コノワタ」である。両者ともに、日本の代表的な高級珍味。
もちろん、「ウルカ」だけが岐阜県の特産ではない。他にも、山国独特の珍味が多い。山菜の加工品はいうまでもないが、川魚でもアユの他にアマゴ、イワナ、ヤマメ、コイ、ウナギがあった。
ナツメの実やトチの実、クルミ、クリなどのナッツ類も有名である。
イノシシやシカの肉あるし、馬肉でも知られている。キノコも古くから特産品。朴薬を使用した “朴葉みそ” や “朴葉ずし” は、いまや岐阜県の代表的な郷土料理である。
むかしは、「みただき」というツグミの塩辛があって、通人によろこばれたものであるが、現在では、ツグミ自体が禁鳥となってしまったために、まぼろしの珍味となったが、山国ならではのなつかしい酒肴であった。
東と南東側は伊勢湾、遠州灘、熊野灘に面し、古代から海産物にはめぐまれてきた。
とくに、鳥羽から志摩にかけては魚貝の宝庫で、伊勢エビにはじまって、アワビ、ボラ、黒ダイ、真ダイ、アジ、サワラ、カンパチ、サバ、イナダ、ベラなどがいくらでもとれ、イワシなどには見向きもしないという土地柄である。その豊富な海産物を象徴するのが、鳥羽名物の「海賊料理」。
いまでは観光料理になっているが、かつては、ダイナミックな漁師料理だった。素焼きのホウロクに小石を敷き、その中にとれたばかりの魚貝を入れ、同じホウロクのふたをして蒸し焼きにする。仕上がったら、手でむしって食うという、野性味あふれた磯料理である。
伊勢神宮の神饌には古くからタイやアワビなどの海の幸が用いられてきたが、いまでもこの伝統は受けつがれている。志摩では、長良川の「鵜飼い」と同じ古代漁法のひとつである「海女」による潜水漁法によって、伊勢エビやアワビがとられている。
愛知県の「コノワタ」、岐阜県の「ウルカ」、そして三重県の「アワビ」と、この東海三県は古代の “三大珍味” が、それぞれに発祥した土地なのである。
近世では、『東海道中膝栗毛』の主人公弥次さん喜多さんの珍道中で天下に知られた、桑名の「焼きハマグリ」も有名である。
「桑名の殿さま、しぐれで茶々づけ」という歌があるが、この「しぐれ」は「しぐれはまぐり」を指しているのはいうまでもない。
「かいず」も三重名物だ。黒ダイの子を干したもので、生のままではたいした味ではないが、干物にするとぐんと味がよくなる。
桑名地方ではドジョウやコイの料理も発達している。伊勢の松阪牛といえば超高級の牛肉として、全国的に有名だ。
刺身にしてショウガ醤油で食べると、へたなマグロよりもこくがあってうまい。
漬けものには、「伊勢たくあん」と「養肝漬け」がある。後者は伊賀地方の特産で、伊賀忍者の携行食であったとか、武士の肝っ玉を養うという意味で名付けられたといわれている。白ウリの中にシソの葉やショウガ、ダイコンなどを刻んで詰めこみ、一年間ほどたまり醤油の中に漬けたもので、歯ぎれがさわやかで風味がある。
三重県と岐阜県の味をあげて、「珍味」を中心とした中部地方の味覚の個性をとらえてみたい。
名古屋では、よく「お値打ちだナモ・・・」ということばがよく使われる。食べものについていえば、安くて、うまくて、量が多いという意味だろう。
つまり、安価で、新鮮で、味がよい材料が海や山ばかりでなく、野にも満ちあふれているという意味で、豊穣だからこそ生れた名古屋独特の “あいさつ” なのである。
「コノワタ」のような、超高級の将軍珍味から、ごく大衆的な味まで、全部そろっているのが「東海珍味」の特徴。中部地区の中心的な消費都市にいれば、愛知、三重、岐阜三県の “うまいもの” は全部そろう。この傾向は、尾張藩以来の伝統である。
岐阜県の珍味・・・岐阜県は、海のない山国である。
しかし、都に近いという地の利もあって、奈良時代からひらけ、いわれの深い歴史を持つ国となった。そのひとつが、長良川の「鵜飼い」だろう。千年以上の歴史をもち、古代の漁法が、かたちを変えずに、いまなお残っている。古い歴史を背景に川魚の加工技術には定評があり、なかでも「アユ」は平安時代の『延喜式』にも記載されているほどさまざまに加工されてきた。アユのつくだ煮や鮨などであるが、なかでも傑作なのは「アユのウルカ」。
長良川の「ウルカ」は、江戸時代、毎年幕府へ献上されたほどの逸品である。御用ウルカは、「暁川」と呼ばれる秘法で、精製された。アユは、昼のうちに食った砂を夜になってから吐き出す。明け方の腹の中がきれいになったときにとったアユだけ作ったウルカが「暁川」。
“早朝の川” という意味である。
「ウルカ」には、つぎの四種ある。
- しぶウルカ
- 若アユの内臓だけで作ったもの。
- 子ウルカ
- 卵巣だけで塩蔵したもの。
- 白ウルカ
- オスの白子だけで作ったもの。
- 切り込みウルカ
- アユの骨を抜いて頭と尾を除き、内臓といっしょに身を刻んで塩蔵し熟成させる。
いってみれば、「ウルカ」は山の「コノワタ」である。両者ともに、日本の代表的な高級珍味。
もちろん、「ウルカ」だけが岐阜県の特産ではない。他にも、山国独特の珍味が多い。山菜の加工品はいうまでもないが、川魚でもアユの他にアマゴ、イワナ、ヤマメ、コイ、ウナギがあった。
ナツメの実やトチの実、クルミ、クリなどのナッツ類も有名である。
イノシシやシカの肉あるし、馬肉でも知られている。キノコも古くから特産品。朴薬を使用した “朴葉みそ” や “朴葉ずし” は、いまや岐阜県の代表的な郷土料理である。
むかしは、「みただき」というツグミの塩辛があって、通人によろこばれたものであるが、現在では、ツグミ自体が禁鳥となってしまったために、まぼろしの珍味となったが、山国ならではのなつかしい酒肴であった。
三重県の珍味・・・日本の歴史のあけぼのともいうべき伊勢
神宮の鎮座する伊勢は、まさに「うまし国」である。東と南東側は伊勢湾、遠州灘、熊野灘に面し、古代から海産物にはめぐまれてきた。
とくに、鳥羽から志摩にかけては魚貝の宝庫で、伊勢エビにはじまって、アワビ、ボラ、黒ダイ、真ダイ、アジ、サワラ、カンパチ、サバ、イナダ、ベラなどがいくらでもとれ、イワシなどには見向きもしないという土地柄である。その豊富な海産物を象徴するのが、鳥羽名物の「海賊料理」。
いまでは観光料理になっているが、かつては、ダイナミックな漁師料理だった。素焼きのホウロクに小石を敷き、その中にとれたばかりの魚貝を入れ、同じホウロクのふたをして蒸し焼きにする。仕上がったら、手でむしって食うという、野性味あふれた磯料理である。
伊勢神宮の神饌には古くからタイやアワビなどの海の幸が用いられてきたが、いまでもこの伝統は受けつがれている。志摩では、長良川の「鵜飼い」と同じ古代漁法のひとつである「海女」による潜水漁法によって、伊勢エビやアワビがとられている。
愛知県の「コノワタ」、岐阜県の「ウルカ」、そして三重県の「アワビ」と、この東海三県は古代の “三大珍味” が、それぞれに発祥した土地なのである。
近世では、『東海道中膝栗毛』の主人公弥次さん喜多さんの珍道中で天下に知られた、桑名の「焼きハマグリ」も有名である。
「桑名の殿さま、しぐれで茶々づけ」という歌があるが、この「しぐれ」は「しぐれはまぐり」を指しているのはいうまでもない。
「かいず」も三重名物だ。黒ダイの子を干したもので、生のままではたいした味ではないが、干物にするとぐんと味がよくなる。
桑名地方ではドジョウやコイの料理も発達している。伊勢の松阪牛といえば超高級の牛肉として、全国的に有名だ。
刺身にしてショウガ醤油で食べると、へたなマグロよりもこくがあってうまい。
漬けものには、「伊勢たくあん」と「養肝漬け」がある。後者は伊賀地方の特産で、伊賀忍者の携行食であったとか、武士の肝っ玉を養うという意味で名付けられたといわれている。白ウリの中にシソの葉やショウガ、ダイコンなどを刻んで詰めこみ、一年間ほどたまり醤油の中に漬けたもので、歯ぎれがさわやかで風味がある。