珍味昔話|第七章

7-2|エビせんべいのルーツ

エビせんべいの原料は、主として知多湾や渥美湾からとれるアカシエビである。エビせんべいの祖形は、徳川御三家の筆頭である尾張62万石の徳川光友公の時代にはすでに出現していたというから、その歴史は古い。

知多沿岸の漁師は、当時、エビを練って丸め、うすく伸ばしたものを一枚一枚あぶり焼きにしながら、酒の肴などにして、その風味を楽しんでいたという。土地のひとたちは、これを「えびはんペん」と呼んでいたらしい。

当地を再三訪れた光友公にも献上され、公は、素朴なその味をたいへん賞讃されたと伝えられている。この「えびはんペん」が、今日の「エビせんベい」の土台になっているのはいうまでもない。

えびせんべい 明治になって、エビの皮をとり、デンプンをつなぎにして焼き上げるという、保存性の高いものが工夫される。当時のエビせんべいは、「生地」と呼ばれていた。「生地」というのは、一度焼きのせんべいで、酒肴やお菓子としてだけでなく、 “わんだね” など料理にも向く、きわめて重宝なものだった。

現在では、この生地を加熱して乾燥させ、さらに軽く焼いて仕上げている。もっとも、いまのエビせんべいでも吸いものに用いてもなかなか風味がある。こまかにしてお茶漬けにしても、香ばしいエビのうま味だけで、2、3膳は軽くこなすことができる。

東海珍味を代表するエビせんべいも、いまや全国的に普及する時代であるが、当然のことながら当地方にはその老舗が多い。その葛舗のにない手となった坂角次郎、稲垣勝太郎、池田重太郎、加藤菊次郎、大島国三郎などの諸氏は、明治から大正にかけて、「エビせんべい作り」の名人といわれたひとたちである。現在では、愛知県の特産品として、重要な産業に成長している。手焼き、機械焼きと、いずれもそれぞれの技術的な特色を生かして、ユニークなせんべいを生産しているが、なかには、生産工程の近代化によって、一老舗で40億円以上の生産額を持つところも出てきている。

ビールのおつまみによく用いられるが、洋酒にもピッタリの味だ。お茶にもコーヒーにも合う。ヨーロッパやアメリカでも、味のライト感覚がうけて好評だという。つまり、うまいものは誰が食べてもうまい。

エビせんべい

金城軒|珍味・おつまみの製造・卸・通販|愛知県名古屋市

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